「十八駅伝からの贈り物」日本で最も過酷な駅伝の物語。設楽悠太選手(ホンダ)真也加ステファン監督(桜美林大学)米満怜選手(コニカミノルタ)ほか

十和田湖八幡平駅伝についての番組が放送されます。
十八駅伝、今年は中止されましたが、映像を交えて設楽悠太選手らのインタビューなど充実した番組。
見逃した人も、これから放送の地域の人も、ざっくり内容をお知らせします。



「十八駅伝からの贈り物」

番組内容

真夏の暑さとアップダウンの激しいコース。日本で最も過酷な駅伝ともいわれている「十和田八幡平駅伝」。通称、十八駅伝。今年は、新型コロナウイルス感染防止のため、73回の歴史で初めての中止が決断された。これまで、多くのトップランナーが出場した十八駅伝。十八駅伝の出場選手の心と身体に刻まれている十八駅伝からの贈り物とは何か。

出演者

設楽悠太選手(ホンダ)、真也加ステファン監督(桜美林大学)、米満怜選手(コニカミノルタ) ほか。

放送予定

東海テレビ(愛知・岐阜・三重)109日(金)  2610分~2708 

長野放送 1013日(火)  2505分~2600

北海道文化放送 1013日(火)  2535分~2630

その他近いうちに放送されると思います。

十八駅伝とは?

71.6km828mの高低差を5人で襷渡しをします。

酷暑の中走る過酷な駅伝ですが、街の人も楽しみにしている行事です。

秋田、青森、岩手にまたがる十和田八幡平国立公園を走ります。

中止になったことで地元の人達も残念に思っているようです。

風物詩となる大会、お祭りも今年は中止でした。

 

設楽悠太選手

ステファン・マヤカ監督

米満怜選手

のインタビューが番組の内容です。




Hondaの北海道合宿 設楽悠太選手

設楽悠太はキャプテン

マラソン日本新記録、一億円で話題となったので有名になった。

2010年の十八駅伝、東洋大学4区2位 1年生での快走

監督車が渋滞に巻き込まれ1人で走るが、「そういうことも何があるかわからないので想定している」

「駅伝は沿道の応援が力になり、楽しい」

調子を崩し7割り程度の練習をしている

目標をなくしていることが原因?

合宿はサポートに回る

「チームメイトがいるから強くなれた

チームをひっぱていける存在になりたい」

走る姿で引っ張る

 

「(設楽悠太は)選手としての円熟期、2時間4分とニューイヤー優勝を目指している」

と監督談。

 

「ライバルは自分自身

比べるのは過去の自分の結果

自分自身に勝つだけ」

自分を信じて前へ…

 




十八駅伝について関係者が語る

過酷な厚さが精神を鍛える

困難を努力で乗り越えていける

今年は中止だが100回を目指していく

 

1959年の映像

昔の駅伝は距離が近くていいと思います

のどかで自由、それでも成り立っていた。

 

「ランナーが田んぼに飛び降りて顔をつけて田の水を飲んだのを見たことがある

また立ち上がり走り出した」

そんな場面をみたことがあるという関係者。

 




松宮兄弟 双子の松宮隆行 松宮祐行

兄、松宮隆行

「3区3キロあたりから歩いて10分くらいに家がある。

子供の頃から応援していた。

それが陸上競技、オリンピックの原点。

秋田から東京にでて夢を達成するために走った」

 

松宮隆行 2021現役引退 愛知製鋼陸上部プレイングコーチのすごいところ。5000m13分台!
松宮隆行 引退?いえ、引退はされていませんし、まだそんな話はなさそうです。 などと書いていたのに2021年3月3日引退を発表されました。 松宮隆行選手といえば!? そこで出てくる答えがすごくたくさんある人です。 日本記録保持者、...

 

弟、松宮祐行

「地元を走れるのはうれしい

兄弟リレーも嬉しかった。

いつも以上に力が出た。

陸上という夢をくれた大会。

これからも参加したい」

 

浅利純子さん(元マラソン日本代表)

十八駅伝を応援したことがきっかけで走り始めた。

旭化成の宗兄弟が襷をつなぐときいて応援に来た。

世界陸上の代表に選ばれ宗茂監督と再会し感激した。

 




宗茂さん

スタートして体が動かない、苦しい、熱いという思い出

駅伝で給水できると初めて知った。

「水はどうでもいいからもっと走れ」と監督に言われた。

「ねぷた祭りで騒いだ記憶」

うれしそうなお顔でした、とても楽しかったんでしょうね。

 

 

米満怜選手(コニカミノルタ)

箱根駅伝 1区 創価大初の区間賞、歴代2位の米満選手。

2018年十八駅伝初出場 2区7位で襷渡し

「こんな急な坂があるのか

足に来た、すごくきつかった

思っていた以上下りが急でダメージが来た

箱根につながる良い大会だと言われていた

実業団の選手もいていい経験になった

このおかげで箱根の区間賞がある」

 

 

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コニカミノルタでの練習は朝、その後仕事をし、夕方また練習。

30〜40キロ走る。

筋トレや練習の質が上がり、力がついた実感がある。

練習場まで5キロ走る。

丁寧にスパイクを履く様子。

ホクレン5000mに向けての練習の様子、1000×7回

「実業団に入ってからの初めてのレースに自信を持ってのぞみたい」

ニューイヤーでの活躍を期待していると監督。

「パリオリンピックが目標の一つ

世界で戦いたい

子どもの頃からの夢」

ずっと祖父の形見のネックレスをつけて走っている。




1996 5区の戦いステファン・マヤカ

ダイエーのステファン・マヤカとして走った。

現在は桜美林大学駅伝監督

日本国籍を取得(真也加・ステファン)

「十八駅伝の思い出は、後ろから頑張れ、頑張れと言われるのが嫌でペースを上げて走った

言われることがマイナスだった

苦しかった、任せてもらいたかった」

箱根駅伝を目指している桜美林大学の監督として思うこと

「走れなくても褒めるが、いつでも走れるようにしなくてはならない

負けないようにしなければならない」

今年、十八駅伝に出場したかった

「苦手なことを練習しないと強くならない

(暑い、苦しいを)我慢する練習」

山梨学院のスカウトで来日

家族を助けられると頑張った

コミュニケーションと練習が大変な日々

「思うことが説明できない

やったことない練習をやらねばならない」

選手時代は食事にも苦労した

 

いかに夏の練習が重要か

十八駅伝は自分が優勝したことがある大会

夏の駅伝、大変なところで我慢する力を学生に体験させたい

留学生が大学駅伝に出られていなかったから体験させたかった

十八駅伝が自分の人生をかえてくれた

 

さいごに

出場した人たちの思い出や思いが詰まっていて。インタビュー中心のとてもよい番組でした。

次は十八駅伝が開催されることを願います。

 




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