山縣亮太、逆境を乗り越え日本新記録達成!9秒95の実力でオリンピック出場へ!

2021年6月6日に行われた布勢スプリントにて、100m9秒95の日本新記録を出した山縣亮太(やまがた りょうた)選手についてお伝えします。

山縣亮太選手は、2017年に自己ベスト10秒00を記録するも、その後3年間怪我に苦しめられ表舞台から姿を消すことになります。
2018年頃から背中に痛めたのを皮切りに、2019年には肺気胸、2020年は膝を負傷により試合に出ることすら叶わない状況だったのです。

しかし2021年度は違いました。
6月6日に行われた布勢スプリントで9秒95を記録し、日本人4人目となる9秒台達成者となると同時に100m日本記録保持者になり、堂々の怪我からの復活を果たしたのです。

山縣亮太選手は100m選手の中でも日本一ともいえるほどの技術、知識を持った選手です。
約3年間も実践から離れ、怪我と戦っていた選手がいきなり9秒台をたたき出せたのは、一体なぜでしょうか。

その背景には怪我をしていた3年間で山縣亮太選手の価値観が変わったことが関係してきます。
どのような価値観が9秒台という結果に結びついたのか、山縣亮太選手の経歴や練習内容に触れながら解説していこうと思います。

 

速報!山縣亮太 東京オリンピック内定!

2021年6月25日 日本選手権100m決勝

標準記録を切っている山縣亮太選手は3位でオリンピック出場内定を決めました。

ラスト、靴紐がほどけバランスを崩しますがそれでも3位に。

体幹が強くバランス感覚が良いのでしょうね。

靴紐が理由に結果が出ないとかにならなくてよかった。

おめでとうございます!!

 

足がおかしかったのは疲労から???

怪我なく試合を終えたことに安心です。

 

⇒日本選手権陸上 2021 結果速報!トラック競技決勝の結果をお知らせ

山縣亮太、東京オリンピックへ向けての最終決戦とは?参加標準記録は大丈夫?

東京オリンピック出場に必要な条件とは?

山縣亮太選手は現在100m日本記録保持者なのですが、これでオリンピック出場が決まったという訳ではありません。

東京オリンピックに出場するためには、2つの条件を達成する必要があります。
1つ目は「参加標準記録の突破」です。
男子100mでは10秒05が参加標準記録となります(2019年5月以降の記録のみ有効)。
山縣亮太選手は2021年6月6日に9秒95を記録し、参加標準記録を突破することができました。

残った条件は「第105回日本選手権にて3位以上の成績を収める」です。

100m最終決戦、第105回日本選手権!日程と注目選手の紹介!

第105回日本選手権は2021年6月24日~6月27日の期間で開催されます。

男子100mの競技日程は下記の通りです。

2021年6月24日(木)
男子100m予選  15時40分~ (3位以上で準決勝進出+4位以下でタイムの早い上位3名)
男子100m準決勝 19時32分~ (2位以上で決勝進出+3位以下でタイムの早い上位2名)

2021年6月25日(金)
男子100m決勝  20時30分~ (3位以上で東京オリンピック内定)

誇りをまとうために。「第105回日本選手権」※東京オリンピック日本代表選考会※ 2021年6月24日(木)~27日(日)大阪・ヤンマースタジアム長居にて開催!【プロモーションビデオ】

現在参加標準記録を突破している選手は下記の5名。

山縣亮太選手      9秒95
サニブラウン選手    9秒97
小池祐貴選手       9秒98
桐生祥秀選手    10秒01 (自己ベストは9秒98)
多田修平選手    10秒01

ケンブリッジ飛鳥選手も2020年に10秒03を記録していますが、コロナ渦の影響で参加標準記録として認められる期間外(2020年4月6日~11月30日)だった為、まずは参加標準記録を突破する必要があります。

男子100m種目で東京オリンピックに出場できるのは、たったの3人。
ですが参加選手たちの上と下の差はたったの0.08秒。
当日のコンディションも影響してくるので、誰が勝ってもおかしくないという状況です。

果たして上位三名に入賞することができるのはどの選手なのか!楽しみですね!

山縣亮太、100m日本新記録達成!9秒台の秘密は体がブレない走りにあった!

山縣亮太、100m9秒95で日本新記録達成!

2021年6月6日に行われた布勢スプリントにて、山縣亮太選手が100m9秒95を記録。
100m9秒95という記録は日本人として9秒台を記録した「4人目の選手」として名を刻むと同時に、日本新記録を達成しました。

実際に日本新記録を達成したレースがこちらです。

手前から数えて4番目が山縣亮太選手となります。
最初にロケットスタートを決めたのは多田修平選手。
しかしスタートダッシュでは勝てないと分かっていた山縣亮太選手は、冷静に自分の走りを続け中盤見事に追い抜きゴールします。

山縣亮太、100m9秒台達成の秘密とは?

なぜ山縣亮太選手は日本新記録を出すことができたのでしょうか。
それには山縣亮太選手の2つの武器が関係してきます。

1つ目は「知識の豊富さと冷静な分析力」です。
日本人選手だけではなく世界のトップ選手たちの走り方、腕の振り方などを研究し、日本人選手の中では1番と言えるほどの技術を持っているのです。
今回の場合スタートでは多田修平選手に勝てないと分かってたので、最初に差がついたとしても冷静に自分の走りに集中し、心を乱すことなく走りきれたのです。
2つ目の武器は「中盤の強さ」つまり「最高速度を出しているときに体が全くブレないという点」です。
本来、中盤の1番スピードが出る区間は体が前に傾いたり、逆に後に反って失速しやすくなっています。
しかし山縣亮太選手は前後左右に全くブレが無く、速いスピードを維持することができるのです。

この点については桐生祥秀選手も驚いた様子で
「(山縣亮太選手は)体が全くブレないけど何か意識しているの?」
と聞いてみたところ、山縣亮太選手の回答は
「特に何も意識していない、感覚かな」
と、あっさりとした回答でした。

トップアスリート達は感覚を特に重要視しているようで、長年培ってきたウェイトトレーニングやフォーム改善を行う中で、自然に会得した口では説明できない「感覚(経験則)」を持っているそうです。

体の少ないブレと世界トップアスリートたちと同じ感覚を持つ山縣亮太選手。
東京五輪で100m初の日本人メダリスト誕生が見られるかもしれませんね!

山縣亮太、肺気腫、怪我、未熟児という逆境を乗り越えて得た9秒台!

100m9秒台を記録した山縣亮太選手ですが、2018年~2020年の間は怪我や病気に苦しんでいました。

2019年、山縣はシーズンインを目前にそれが狂った。
背中の痛みに悩まされ、日本選手権前には肺気胸を患った。
最大の目標に掲げていたドーハ世界選手権はおろか、5月のゴールデングランプリ大阪の4×100mリレー(2走/ 38秒00)を最後に表舞台から姿を消した。

肺気胸から回復した7月上旬にトレーニングを再開し、まだ可能性の残ったドーハ世界選手権のリレー代表入りを目指したが、腰やハムストリングスに痛みが出て断念。

苦難の1年を「全部自分が蒔いた種というか、原因がある話」と振り返った。

確かに山縣亮太選手にとって怪我や病気は不運でした。

しかし体を動かせない分頭を使って考えぬき、自分に足りていないものは何か?、どのようなフォームにすれば怪我しない体になるのだろうか?等、新しい価値観の発見や成長もあったのです。

つまり怪我や病気の期間がなかったら100m9秒台の記録は誕生しなかったと言えるでしょう。

 

 

また、山縣亮太選手は未熟児として生まれ、2か月間集中治療室で過ごさなければならない状況だったそうで、家族の必死のサポートがあって今も生きているのです。

その影響でしょう、山縣亮太選手は朝起きると生まれ故郷である広島の方角へ向かって手を合わせて家族や周りの人たちへの感謝の気持ちを忘れないようにしているのです。

常に周囲の人たちの思いや願いを意識している山縣亮太選手は、絶対に諦めません。

支えてくれた人たちの為にも必ず結果を出そうとしているからです。

多くの思いを胸に、逆境からの復活をなしとげた山縣亮太選手。
これはもう応援せずにはいいられないですよね!

日本選手権、東京オリンピックで今までの苦労が報われるかどうか注目です!

 

山縣亮太、自己流トレーニングを重視!コーチをつけなかった理由とは?

山縣亮太はどうしてコーチをつけなかったの?

山縣亮太選手は現在はコーチをつけて練習を行っていますが、以前はコーチをつけていないことで有名な選手でした。

なぜコーチをつけずにトレーニングを行っていたのでしょう?
その答えは山縣亮太選手のコーチに関するインタビューにありました。

山縣さんは、基本一人でトレーニングされますよね?

「はい」

個人競技とはいえ、例えばチームに所属したり、陸上の専任コーチをつけたりする選手もいます。
そうしないのは性格なのか、理想に辿り着くために選んだやり方なのか……。

「どちらが近道なのか、はっきり分かりません。
ただ、“自分の感覚”を大事にしています。
身体に対する感じ方を自分でマネジメントしたい、というか。走る時、結局は一人です。
常に横にコーチがいるわけでもない。どのような時にパフォーマンスが良いのか、悪いのか。
それを理解していれば、予測できない事態になっても自分でコントロールして、常に高いレベルでパフォーマンスができると考えています」

関わる他者が増えることで、不確定要素が増えてしまう?

「そうですね。
コーチがいたとして、言われた内容を盲目的に信じないといけない部分はあると思うんですね。
どれだけ説明を受けても、やはり他人のことを完全に理解することは難しい。
コーチングがうまくハマればいいけど、ダメだった場合は理解できていない分、修正も難しくなる。
それが、ある種のリスクだと思うんです」

自分のことは全て自分で把握、管理したいという事から、コーチをつけていなかったのですね。

山縣亮太の相棒、高野大樹コーチ!

コーチに対しての理想が高い為、1人でトレーニングを続けていた山縣亮太選手でしたが、怪我や病気を経験し、ようやくコーチをつけることを決意したそうです。

コーチとして選ばれたのは、高野大樹コーチ。

名前:   高野大樹(たかのだいき)
生年月日: 1989年1月17日
年齢:   32歳
出身:   茨城県
高校:   茨城県立下妻第一高校
大学:   埼玉大学
大学院:  埼玉大学大学院
職業:   フリーの陸上コーチ
コーチしている選手: 山県亮太、寺田明日香、高桑早生、慶応義塾大学陸上部

高野大樹コーチを迎え入れてからは怪我のリスクを減らすために、フォーム改善、練習メニューの変更に取り組みました。

ですが基本、練習メニューを考えるのは山縣亮太選手。
その後高野大樹コーチに修正してもらうといった流れです。

常に自分自身で考えて練習することは変えずに、効率よりもコーチとのコミュニケーションを重要視していることが窺えます。

山縣亮太選手も
「僕の言葉をすごく理解してくれようとしていて、感謝の気持ちしかない」
と語っています。

二人の関係は、選手とコーチというよりは選手と友人、相棒のような関係ですね。

 

山縣亮太選手は本来9秒6台までタイムを伸ばせるだけの技術と知識を持っている選手です。
自分で考え問題を1つ1つ解決していくことを武器に、怪我を乗り越え、コーチを迎え入れ、日本新記録と言う結果も出しました。

しかし、日本選手権、そして東京オリンピックという試練もまだ残っています。
進化を続ける山縣亮太選手が、試練をどう乗り越えていくのか楽しみですね!

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